前回のここで書いたように、六年生限定ながらなんとか無事に開催できたひのまるキッズ北信越大会。
ここまでたどり着いた感動は心に深く刻み込まれています。
そして、もう一つ、決して忘れられない思い出となったこと。それは、青井久幸講師の60回目の講師参加に対し、感謝の気持ちを表すことができたことです。
以前からも触れているように、彼と私は中央大学柔道部の同期。人生で最も濃い時間を共に過ごした同志です。
ここで書いたら収拾がつかなくなるので控えますが、彼の日本一の座をつかみ取るまでの努力、主将の井上浩二の絶対的な強さと優しさを目の当たりにしたあの学生時代がなかったら間違いなく今の私はありませんでした。
卒業後、社会人になっても破天荒な人生を歩んできた私を支えてくれたこの二人には感謝の言葉がどれだけあっても足りません。
その中でも(本人は覚えていないかもしれませんが)、4年生最後の試合(東京学生個人戦)1回戦で、技をかけたときに引手が切れて頭から突っ込んだような形となり反則負けに屈した私に対し、相手が昨年の全日本チャンピオン(井上が決勝で負けた相手)だったこともあり、「まあ、仕方がない」と、反則負けの宣告を受けてサッサと畳を後にした私に『永瀬、あれはお前の反則とちゃうやろ、向こうが押した。なんであきらめるねん。おかしいやろ』と我が事のように食って掛かってきた青井に対し何も言えなかった自分自身が情けなく、その時以来、
『絶対にあきらめない、あいつをがっかりさせない』がこれまでの私のモチベーションの素でした。
まあ、そのあと、がっかりさせなかったかどうかはわかりませんが(笑)、何とか自分自身納得がいく人生は歩めたと思います。
ひのまるキッズを立ち上げ、海外赴任が多かった彼が帰国してすぐに講師をお願いした時も二つ返事で引き受けてくれ、それ以降、「俺は永瀬がやっているからではない、この理念に賛同し、お世話になった柔道に少しでも恩返しができればという思いで来てるだけや」と黙々と指導をしてくれました。これまで、謝礼も一切受け取ってくれません。
開会式の時、サプライズで感謝状を手渡しした時、あれを言おう、これを話そうと考えていたのにも関わらず、フェイスシールド越しに目を合わせたらこみ上げてくるものがありただただ『ありがとう!』と握手をした後で(巻頭の写真)「コロナ対策で握手はしてはいけなかった…』と反省するのみでした。
10月解禁以来、続けざまにある怒涛の出張。その際、浜松町のANAの広告看板に書かれているキャッチ
今年のキミは、今年しかいない
を見て、
今年のオレは、今年しかいないけど、今年のオレがあるのは、お前のお陰。ありがとう。
と言えば良かったなぁ・・。と今になって思っています。
いまから、ここから、反省は未来のためにある。次は言います(笑)
永瀬義規