こんばんは、ひのまるキッズ事務局の原です。
私は、いつか道場を開いて、子供たちに柔道を教えられたらと思っています。
そして、ひのまるキッズ事務局業務の傍ら、柔道が持っている力で子供たちの可能性を拡げるお手伝いをしていければと日々妄想だけはしております。
まだまだ長い道のりになりそうですが、道場を始めるために知っておきたいことを調べたり聞いたりして、こちらでたまに紹介していけたら、同じ志を持つ若者にも少しは役に立てるのではないかと思いまして、一つやってみようと思います。
第1回目は道場に神棚がある理由です。
柔道を小学生から始め、中学、高校、大学と柔道を続けてきましたが、どの道場にも神棚が祀られていて、稽古の始まりと終わりには必ず神前にも礼をしていました。
しかし、大学生の時に初めて講道館に稽古に行ったときに神前ではなく、嘉納先生のお写真に礼と言われ、何の知識もなく、何の考えも持たない私は、ここでは嘉納先生が神なのだろうと認識していました。(私だけでないことを祈る)
○道場に神棚がある理由は?
スポーツ化された現代武道においても、必ずと言っていいほど道場に神棚があります。練習前にはその神前において礼を行い、終わればまた神前で礼をすると いうことが、(「武道は礼に始まり礼に終わる」と云われること等も含めて) 当たり前のようになされています。
しかしこれは本来、古代において武に対する真義が、護国(神々が創った国の守護) の為であったことに由来し、道場に神を祀ることが行われてきたものです。
それが現在では、形式や習慣として残り、真摯な心で武道に相対する為の、 礼法として続けられているようです。
○そして講道館嘉納治五郎師範は,「礼は他人に対して敬意を表する形式であるから,形・乱取の練習や試合の前 後には必ず行うべきである。形も乱取もその事柄が争いであるから,始める時にも終わって後別れる時に も敬意を表し,争いは技術を練る目的でするが,相互の間には尊敬し合って居るという心持を示すのである)」ということを前提に、神棚の設置について、どうやら神道を宗教と捉えるかどうかが論点となり、講道館では宗教ととらえ、これから離れることを適当としていることから、戦後は神棚の設置は行っていません。
というこで、神棚は必ずしも必要という事ではないようですが、日本の文化を継承するという意味ではあったほうが自然なのかもしれませんね!